きみはわたしの一番星

オタク生活から抜け出せません。

【溺れるナイフ】貴女に見て欲しい映画の話。

 

私は情報公開された3月から、ずっと「溺れるナイフ」の放映を待っていた。

 

というのも、担当である重岡大毅くんが大友勝利役で出演すると聞いたからだ。

私は重岡くんの演技の仕方、立ち居振る舞いが大好きだ。そこに実在するかのように、リアリティーに溢れる演技を出来る人はそうそう居ない。彼はいい意味でその物語の空気になれるのだ。

そんな彼が大役を荷なうとなれば、もう楽しみで仕方がなかった。

主演である小松菜奈ちゃんも黒崎くんから好きだったし、菅田将暉くんは言わずもがな日本を代表する演技派とあって期待しか無かった。

特にこの2,3ヵ月はCMスポットの公開や、各インタビューでの露出も多くなり、その期待値はますます上昇していった。

そして先月のはじめ、私は「溺れるナイフ」原作を読破した。

そして確信したのだ、「この映画で重岡くんの人生は変わる」と。

 

そして本日、2016年11月5日。

ずっとずっと待っていた映画が公開された。

もちろん周辺で一番早い回を見に行った。

はやる心を抑えて、ひとり座席に深く腰掛けた。

周りには若き女性――いや、少女たちが座っていた。

その光景に心を和ませながら、はじまるのを待っていた。  

 

一言で言えば、衝撃だった。

 

めくるめく変わっていくカット。

そこには那須勝浦の美しい景色と、少年少女たちの恋心、羨望、嫉妬、苦しみが切り取られていた。

 

私はきっと、恐ろしいものを見てしまったのだ。

 

きっとこの映画は伝説になる。

ヒットがどうとか、そういった話ではない。ただの青春ラブストーリーとは言えない、それこそナイフのようなもので突き刺されたような感覚を覚えた。この映画を見てしまった少女たちはどう生きていけば良いのだろう。恋をする度に、夏芽になりたいと思ってしまわないだろうか――そう、心配になってしまうぐらい、痛い程苦しくて切なくて愛おしい衝撃的な恋が描かれている。

 

ここから先はネタバレを含んだ話となるので、まだ見ていない方は回れ右で。  

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

ひとつ気になったのは、この映画の進み方が驚くほど速いという点である。

私は原作を読んでいるのでどういった進み方をして、どういう結末になるのかも分かっている。しかし原作を読んだことがなく、話題性や興味で走を運んだ人々はどうだろう。

ひとつひとつのカットに原作17巻をぎゅぎゅっと凝縮したような今作。当然描かれていないところもある。まず17巻もある作品を約2時間足らずにしているのも凄いことではあるのだが、ストーリーを分かっていないと置いてきぼりになっている人も居るのではないか、と感じた。

 

しかし、もしこれが山戸監督の策略だったらどうしようか。

 

「どう?気になったでしょう?溺れるナイフを読みなさい」

なんだかそう言われている気がしてしまうのは気のせいだろうか。もしかすると、原作を読むことでこの映画は完成するのかもしれない。

私自身としても原作は絶対に読んでほしいと思う。寧ろ、原作を読まずしてこの映画を見ることが出来ていたのなら私はどうなっていただろうかと思うくらいに。

感想というものは、どうしても先に見たものと比較してしまう。まっさらな状態で見られたなら、また違った気持ちになれたのかもしれない。

 

もし出来ることなら、生まれ変わって記憶を全部消した上で、先入観をとっぱらって溺れるナイフ」を見たかった。

 

続いて、キャストの話をしようと思う。

主となった、4人の若手俳優女優陣は、本当に奇跡のキャスティングとしか言いようがない。

夏芽は菜奈ちゃんにしか出来ないし、コウちゃんは菅田ちゃん、大友は重岡くん、カナちゃんは萌音ちゃんにしか出来ない。

それ以外で考えることが出来ない。

菜奈ちゃんの瞳は人を捉えて離さない。菅田ちゃんの努力で出来上がった線の細い肉体はコウちゃんそのもの。今作で唯一の陽である大友は、やっぱり重岡くんがぴったり。カナちゃんのどこか自分を投影してしまいそうな、危うくてキラキラとしたものが好きな女の子は萌音ちゃんの演技力で見せつけられた。

 

この4人がこのタイミングでこの作品に出ることが出来たのは、運命か必然か。

 

話は変わるが、原作に夏芽と大友が夏期講習へ行くバスの車内で、夏芽のネイルを大友が見るシーンがある。私はここが好きだった。オレンジ色の夕陽が似合う大友のことを思って塗ったネイルを、夏芽は黒で隠してしまうのだ。映画では時系列上夏期講習が存在しない(何故ならふたりは同じ高校に通うからだ)。

それを公開前に聞いた時は少なからずショックだったのだが、今作にはその代わりとして椿色のネイルを塗っていた。

オレンジみが少しある赤。大友は「椿みたい」だと笑いながら述べるのだ。

ああ、これだ。

これが見たかったのだ。

やはり山戸監督は読者だ。削るべきカット削ってはならないカットこことここを合わせて撮ったカット。全て読者の気持ちに寄り添っている。

いや、監督自身が熱烈なファンであるからこそなし得たものなのかもしれない。

 

また重岡くんが各インタビューで話した、カラオケのシーン。

原作には無かったところだが、見てみればこれで良かったと腑に落ちた。

どっちにしろ容赦ない言い方で大友はフラれてしまうのだが、原作ではギターをかき鳴らしてひとり気持ちを発散させる大友が、映画で少し救われたなと感じたのだ。

なんと映画では夏芽と一緒に笑顔でふたりの関係が終わる。

恐らく大友はちっとも心晴れていないのだろうが、苦しい終わり方をしないところに映画を見ている観客も心を安堵させられるのだと感じた。

 

これは完全に重岡くんの演技力に惚れているから出ている感想かもしれないが、今作での重岡くんは大友勝利そのものだった。

最早どっちがどっちなのか分からないほどだ。ナチュラルで本当に近所に居そうな大友。普段テレビの向こうでセンターでキラキラ輝いている重岡大毅はスクリーンにいなかった。

重岡くんの素って実はこうなんじゃないか、とまで思ってしまうくらいに自然だった。

重岡担ならお馴染みの眉毛だって、いじられた時の反応は知っている重岡くんだったり、違ったり。

好きな女の子の前ではそんな顔するの???

なんて思ってしまった。

キスシーンなんか緊張がこっちにも伝わってきて、ああもう大好きだ!!!!

 

その動作表情声音全てが大友勝利であり、知らない、知りたい重岡大毅だった。  

 

 

最後に、本当に「溺れるナイフ」に出会えて良かったと思う。

重岡くんを好きじゃ無かったらきっと出会えていなかったのだろう。

溺れるナイフ」を知らない人生なんて、全く面白くない

恐らく映画としての評価は割れると思う。それは監督独特のカメラ回しやストーリー構成に、荒があったり、新鮮すぎて受け入れることが難しいと感じたからだ。いろんな意味で今まで見て来た映画とは何かが明らかに違う。そんなキラキラとした新たな才能に出会えたことを、心から嬉しく思う。  

 

これだけは言わせて欲しい。

大人になりたい貴女も、大人になってしまった貴女も。

絶対溺れるナイフに出会うべき存在だ。